みかんがみっかんない

無力なアタシの、不甲斐ない毎日。

ヒマラヤがあるから

 

日雇いのアルバイトを転々としている。

その度に、その日知り合っただれかと仲良くなってその日を過ごす。

 

その日、その場限りの関係。

後腐れのない関係。

 

 

7月某日。

とあるイベントの販売スタッフへ派遣された。

 

たまたま休憩のタイミングが同じだった、髪がボサボサですっぴんで前歯の欠けた女性に話しかけられた。

「暑いっすね」

「はい。帰りたいっすね」

 

彼女はごそごそと鞄を漁り、中から煙草を取り出した。マルボロのブラックだった。

「本当に16時にあがれるんですかね」

もわぁぁと煙を広範囲に吐き、彼女は言った。

 

「あがれるでしょ。さっき12時あがりの子、帰って行ったし」

「じゃあ大丈夫か」

「大丈夫ですよ」

 

そして沈黙。

 

ああ、やっぱり今日バイトなんか入れるんじゃなかったな。

7月のクソ暑いときに、野外で働くなんて馬鹿だよなあ。

帰ったらビール冷えてるかなあ。

そんなことを、暑さで朦朧とした意識の隅っこで考えていると、「あ」と彼女が小さな声で言った。

 

見ると、金網がかけられた灰皿の下のほうで、火種が消えていない。

「吸い殻が溜まりすぎて、もう水気がないんだわ」彼女は言った。

 

私は飲みきれなかったリアルゴールドを、おもむろに灰皿にかけた。ジャバババババッ

「うわっ!もったいない!」

「いいんですよ、もう休憩終わりだし」

そして私たちは別々に、現場へ戻った。

 

出勤してから6時間が経過した15時頃、あと1時間かと時計を睨んでいると、例のマルボロの女が駆け寄ってきて、

「やば!!!生理なっちゃった!!!!」と言った。

 

「ええっ」私は思わず吹いた。

「大丈夫ですか」

「しんどい!!!」

そして彼女は走ってどこかへ消えてしまった。

なぜだかわからないけど、あと1時間頑張れるような気がした。

 

16時、退勤の処理を済ませ送迎バスへ向かう。

なんだよバス冷房きいてねぇじゃねぇかよと苛立ちながら乗り込むと、「あ、いた!」と後ろの座席から声がした。

振り向くと、例の女が座っていた。

 

「ああ、お疲れ様です。生理、大丈夫ですか?」

「え、しんどいよ。お疲れ様」

それから彼女は、とくに聞いてもいないけれど自身の話をひとりでに喋り出した。

 

友達から離婚の相談を受けているから、ここ最近寝不足なこと。

8年間、事実婚というかたちで一緒に暮らしていた男と別れ、バイトを転々としていること。

リゾート地で住み込みのバイトをしながら、現地で知り合った男と付き合ったり別れたりを繰り返していること。

 

「この間までね、3ヶ月金沢にいて久しぶりに帰ってきていま妹の家に居候してる」

「3ヶ月も住み込みで働いてたんですか?」

「そうだよ、長いときは1年とか。でも家賃も光熱費も食費もかからないからお金超貯まるよ」

 

日雇いのバイトを転々としてるだけでも、「あたしってクレイジー」と思っていたのに、こんな生き方をしている人がいるのかと。

初めて聞く話に、私は思わず高揚した。

 

「私の友達もリゾートバイトで知り合ったネパール人と付き合って、その男追いかけてネパール行っちゃった」

グローバリズムっすね…」

「なんでネパール?って聞いたら、ヒマラヤがあるから〜って言ってた。なるほど、登るのね」

 

あっはっはと笑う彼女の前歯は、1本欠けていて、もう1本は煙草のヤニが染みついていた。

「私も今度は、外国人狙いで横須賀あたりにバイトしに行くかな〜」

「いいっすね」

 

 

それっきりだ。

結局、名前も住んでいるところも知らない。

きっとそのうち顔も思い出せなくなるだろうな。

どこかですれ違っても、きっとお互い気づかない。

 

それでも、たまたま聞いたその日の話になにかしら刺激をうけて私はきっとこれから生きていく。

長い人生のうちのたった数分、数時間の関わりから、影響を受けて私は生きていく。

 

その日はなんだか気分がよくてビール3本空けちゃったし、夜もぐっすり眠れた。

ちなみに、家に帰って気づいたけど私も生理になっていた。

 

 今日のひと筆。

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